2021/07/30

脳波データの公開レポジトリ

若手に脳波判読を教えていくにあたり、つくづく思うのが、脳波データの公開レポジトリがあったらなぁということです。

脳波判読に熟達するには、熟練者と一緒に読むのがベストです。

理想を言うなら、自分でまず一通り読み、それを熟練者の前でプレゼンし、その場でフィードバックをもらうことです(トロント小児病院の方式)。

これが無理なら、自分で読んで報告書を書き、熟練者に添削・フィードバックをしてもらうことです(私の職場の方式)。

脳波のアトラスをいくら眺めても判読は上達しません。アトラスには分かりやすい波形が載せてあるだけで、波形の個人差、アーチファクトなどのあるリアルワールドの脳波とは異なるからです。

また、どうしてそのように考えるのかという脳波判読に重要な思考プロセスが全く書かれていません。ここは、熟練者と議論しながら身に着けていく技です。

宣伝を書きますが、私の初心者向けの著書(脳波データのCD付き)には、美しい脳波の図(カラー印刷で高品質の紙を使っています)に加え、この思考プロセスがきっちり書いてあります。興味のある方は、コメント欄からお問い合わせください。医師のみならず、臨床検査技師にもお勧めです。

 

で、なぜ公開レポジトリがあるとよいかと言いますと、全国の脳波判読に興味をもつ方が、同じデータをどのように解釈するか議論できるからです。ウェブサイト上で動く脳波ビューワがあり、ブラウザでレポジトリの脳波を読め、好きな箇所にマークしてコメントを入れられ、他の方がこれに対して意見を書くなどできれば、なおよいと思います。

研究目的で脳波データをシェアするのにも使えると思います。コンピュータによる発作検出やてんかん発射検出、自動判読ソフトの開発にも役立つでしょう。

脳波データは、個人情報を削除してしまえば、完全に匿名化が可能です(個人の特定は不可能)。他に必要なのは年齢、意識状態で、これは判読に必須です。診断名(もしくは個人が特定できない程度の簡略な病歴)も必要であればあってもよいかと思います。

つまり、データを公開するのに必要な倫理審査をクリアするのは比較的容易と考えます(侵襲はなく、データの完全匿名化ができるため)。

臨床神経生理学会が、若手の教育用にこのような取り組みをしてくださるととてもうれしいです。

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2020/11/20

脳波クイズ A10

脳波クイズの回答です。今回のレベルは6程度。

A10.

1. 同側耳朶を基準電極とした基準導出で、上半分が左半球、下半分が右半球です。

2. 全般性、またはやや前頭部優位の多棘徐波、棘徐波がみられます。

3. 両肩三角筋筋電図にごく短時間の筋活動が記録されています。

4. ミオクロニー発作。

5. 若年ミオクロニーてんかん。

6. 睡眠制限(朝5時頃まで起きていてもらいました)。

解説

モンタージュについては省略します。

特徴的な波形は、以下の図の水色の部分です。

20201120

波形としては、spike成分が多相性なので、多棘徐波(polyspike-wave)です。

図の下側、緑色の2チャネルは、両側三角筋の筋電図です。赤い三角で示した所で、ごく短い(0.1秒以下)の活動がみられています。

この活動はミオクローヌス(ごく短時間の筋収縮)を示しています。脳波上でpolyspike-waveが出現した直後にみられていますので、てんかん性のミオクローヌスと考えられます。脳波でのてんかん発射は全般性(前頭部優位のことが多い)なので、全般性のてんかん性ミオクローヌス、つまりミオクロニー発作です。

思春期の患者で、診察や発達に全く問題がなく、朝にミオクロニー発作が多い場合、まず考えるのは若年ミオクロニーてんかんです。ミオクロニー発作以外に強直間代発作がみられることもあります。むしろこちらばかりに目が行ってしまい、ミオクロニー発作の存在に気づかれていない場合がありますので、注意深い問診が必要です。ふだんの脳波に全く異常が出ない場合はあります。

発作や脳波異常を誘発する場合、睡眠不足はとても有効です。計算問題を解いてもらったりでも異常が誘発される場合があります。今回の問題では1泊の入院をしてもらってということでしたので、正解は睡眠制限といたします。

今回は、発作時脳波の問題でした。てんかんは発作性疾患ですので、発作をしていないふだんの状態の脳波(発作間欠時脳波)で全ては分かりません。正しい診断を行うために、発作時脳波の記録を試みることはたいへん重要です。

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2020/11/16

A1+A2はもう使ってはいけない

日本の有名な脳波機器メーカーの脳波計には、まだ耳朶電極(A1、A2)を連結した電極(A1+A2)を使って記録する機能があるようです。

このA1+A2は、もう使ってはいけません。

現在、この代わりに使うよう推奨されているのは、Aav(平均耳朶電極)です。

 

最初に話を戻します。

昔は、耳朶を基準とした基準導出で、心電図の混入が多い場合に、A1、A2をA1+A2に置き換えると心電図が減弱して読みやすくなるということで、よく使われていました。このA1+A2とは、脳波計内部でA1とA2を電気的につないで(ショートさせて)います。

この方法の最大の欠点は、A1とA2から記録された活動を二度と分離できないようにしてしまうことです。どういうことかといいますと、A1とA2のデータがA1+A2として記録されてしまうのです。

現在推奨されているAavは、脳波記録の際はA1とA2をそのまま記録し、画面表示の際にA1とA2を(A1+A2)/2に置き換えて表示するものです。そのため、元々のA1、A2のデータは残っています。これはデジタル脳波計のリモンタージュ機能を使っているため、アナログ脳波計ではできません。

デジタル脳波の今の時代、A1+A2を使うのは大切なデータをロスするだけで、何もよいことはありません。

 

また、いまだに目にすることがあるのですが、耳朶を含めた横連結双極導出(A1-T3-C3-Cz-C4-T4-A2)のモンタージュで、A1-T3、T4-A2に心電図の混入が目立つからと、A1+A2が使われていることがあります。記録時にAavを使われていることもあります(この場合は少しマシです。後述)。

これも誤りであり、行ってはいけません。

例えば左側頭葉の下の方で、A1に最大振幅のspikeがあったとし、これはA2で記録されていないものとします。すると、A1-T3で上向きspikeが記録されます。T4-A2ではspikeは見えないはずですが、A1、A2をA1+A2やAavに置き換えていると、これらにはA1のspikeが一部入っていますので、T4-A2(A1+A2やAavに置き換えられている)で、下向きspikeが記録されてしまいます。本来ないものが見えてしまうので、これはおかしいです。

Aavの場合は元のA1、A2のデータがありますから、元々のA1、A2を使って表示するようにモンタージュを設定すれば元に戻せます(だから、ややマシ)。A1+A2だと元に戻せませんから、最悪の状況です。

そもそも双極導出なのですから、その中の電極を他の電極と置き換える操作を行うのは誤っています。縦連結のFp2-F4-C4-P4-O2で、Fp2やO2をFp2とO2の平均値に置き換えたりしないのと同じです。

 

実際の判読の際、そんなに困ることはありませんが、きっちり考えて脳波をとることは必要なので、臨床検査技師や若手の医師には伝えるように気をつけています。

何故、このような時代錯誤の機能が残っているのでしょうね? 海外メーカーの脳波計には全くありませんが。医療機器としての認可の問題?

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2020/11/10

脳波クイズ Q10

臨床神経生理学会で、小児てんかんの脳波に関する講義をする予定です。

それもあって、久しぶりに脳波クイズです。

個人的にリクエストをいただいたというのもあったりします。その方は異動されてしまいましたが...

Q10. 17歳男性。朝に体がぴくつくとの主訴で受診。覚醒後30分ほどに多く、1時間を超えて起こることはない。発達レベルと神経学的診察には問題なし。当初の脳波検査では異常なし。再検査でも異常なし。患者さんに1泊の検査入院をお願いし、あることをして翌朝一番の脳波記録は以下の通り。

20201110

1.モンタージュは何か?

2. 出現している特徴的な脳波波形を表現せよ。

3. この波形に付随する症状が記録されている。何か?

4. 2.と3.を総合すると、何が起こっているのか?

5. この方の臨床診断で最も考えられるのは何か?

6. この方に検査入院で行っていただいたことは何か?

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2019/12/22

脳波クイズA9

年を越さないうちに回答を書きます(昨年末も同じでしたが)。

レベルとしては、3-4くらいです。前回のクイズを知っている方には簡単だったかも。

A9.

1. 平均耳朶電極を基準とした基準導出。左半球、右半球、正中部の順番です。

2. 前頭正中部(Fz)に約2.5Hzの比較的律動的な徐波がみられる。

3. 大泉門の拍動

4. 正常脳波

解説

モンタージュについては、省略します。

特徴的な波形は、下記の水色の四角のとおり。律動的な徐波がFzに見えます。

20191222

前回の脳波と同じですが、この徐波は心電図と同期しています。縦の黒い破線をじっくり見てください。

さて、Fz(前頭正中部)で拍動するものは何でしょうか? ここで被験者の年齢が鍵になってきます。

生後2か月の乳児なので、大泉門が開いています。Fzの位置はちょうど大泉門のあたりなので、大泉門の拍動(脈波)を拾ってしまうのです。この年齢ならではの所見ですね!

これはアーチファクトですので、異常ではありません。心拍数はちょっと高いですけどね。

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2019/12/07

脳波クイズ Q9

なかなかブログの更新ができません。心の余裕がある時にはチビチビ書き残したいと思います。

久しぶり(1年ぶり!)に脳波クイズです。

Q9. 2か月女児。新生児仮死後(詳細は省略)。フォローアップ目的の脳波(やや眠い時点の記録)です。以下の質問に答えてください。

1. モンタージュは何か? ちなみに、A12は、耳朶平均電極です。

2. 出現している特徴的な波形を表現せよ(何かではなく、波の形態)。

3. この波形の正体は何か?

4. 正常脳波か、異常脳波か?

20191207

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2019/05/27

Pediatric EEG Master Workshop 2019

台湾で開かれた脳波のワークショップに講師として参加してきました。昨年に引き続き、2回目です。

台北のシェラトングランドホテルが会場でしたが、とても巨大です。日本にこんなのがあるのだろうか(よく分からない)?

昨年は岡山空港から直行便(タイガーエア)で行ったのですが、今年は席が取れず、関西空港からの直行便(エバー航空)で行きました。エバー航空の方がサービスはよいですし、台北に着く時刻が早いのが魅力です。ただ、関空まで行くのは、正直ちょっと疲れます。

昨年は台湾に遅く着いたうえ、入国審査が長蛇の列で時間がかかり、到着ゲートに着いた時にはお迎えの方がしびれを切らして帰ってしまっていました。そのため、地下鉄を使ってホテルまで自力で行ったのでした。まぁ、経験にはなりましたが。今年は、お迎えの方に無事会えたので、全てスムーズに行きました。

その晩は海鮮料理を御馳走(巨大なカニや海老にびっくり)になり、英気を養って当日の本番です。

朝一番に講演を2つこなし、昼休憩の後は、small groupで病歴、脳波、画像検査を眺めながら、3例のcase discussionです。若手の先生方が多く、活気あふれる議論ができ、勉強になりました。ワークショップの準備を仕切られたのは、陳(Chen)先生という方ですが、準備には時間を要しただろうと思います。

晩には広東料理を御馳走になり、大満足です。台湾の先生方はとても陽気、フレンドリーで、冗談をたくさん言われて面白い。お酒もよく飲まれます。どうもアルコールの代謝酵素が自分とは違うようです。アルコール58度のお酒も出ましたが、ほんのちょっといただくだけにしました。舌や喉が焼けるようでしたが、味はおいしかったです。

台湾に学会関連で参加するのは4回目となり、知り合いも増えました。大切にしていきたいと思います。

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2018/12/28

脳波クイズ A8

今回は、すぐに解答です。年内に終えたいですもんね。

レベルとしては、2-3くらい。

A8.

1. 同側耳朶を基準電極とする基準導出。左右交互配置で、最後は正中部。

2. 覚醒時記録。

3. 右前側頭部(F8)に、1Hz強の比較的律動的な徐波がみられる。

4. 低周波遮断フィルタのカットオフ周波数を下げる、1ページ当たりの秒数を長くする、等。

5. 正常脳波。

解説

モンタージュについては省略。

覚醒時記録なのは、後頭部優位のα律動がみられるからです。

特徴的な波形ですが、F8の部分に律動的な徐波がみられます(下の水色の四角)。

20181228_1

どうやったら見えやすくなるかですが、低周波遮断フィルタのカットオフ周波数を下げるという手があります。

とはいうものの、元々の脳波の表示条件を書いていませんでした。低周波遮断フィルタは1Hzにセットしてありました。

これを0.5Hzに下げますと、以下のようになり、徐波がやや目立つようになります。

20181228_2

さらに、1ページの表示秒数を長くする(脳波を圧縮する)と、より見えやすくなります。

20181228_3

徐波の正体ですが、下の図を見てみましょう。

20181228_4

心電図のR波に合わせて黒い縦線を引いてみましたが、F8の徐波とタイミングが一定していますね。側頭動脈の拍動をF8電極が拾っているのです。

つまり、これはアーチファクトですので、脳波の正常異常については、正常脳波という判定になります。

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2018/12/26

脳波クイズ Q8

年末が近づいてきました。

半年以上ほったらかしにしていましたが、(たぶん)今年最後の脳波クイズです。

Q8. 15歳男児。てんかん発作とおぼしき病歴(詳細は略)で、局在性の脳波異常があるとのことで紹介された。以下の質問に答えてください。

1. モンタージュは何か?

2. 覚醒時記録か、睡眠時記録か?

3. 出現している特徴的な波形を表現せよ(何かではなく、波の形態)。

4. この波形をより目立つように表示する方法は?

5. 正常脳波か、異常脳波か?

20181226

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2018/06/23

脳波クイズ A7

出題から1か月以上経っていました。学会事務局、講演、そしてもちろん本務(診療等)に追われていました。7月下旬になると少し落ち着くかと思います。

では、前回の回答です。レベルは4くらいか。

A7.

1. 同側耳朶を基準電極とする基準導出。左右交互配置で、最後は正中部。

2. 覚醒時記録。

3. OIRDA(occipital intermittent rhythmic delta activity)。

4. 異常脳波。

解説

モンタージュについては、省略します。

覚醒時記録である根拠は、両側後頭部にα律動(alpha rhythm)が見られるからです。O1-A1、O2-O2に注目してください。

下の図で水色の四角にご注目ください。約3.5Hzのδ律動が持続1.5秒程度、一過性に出現しています。波形は、わりと単調(monomorphic)サイン波様(sinusoidal)で、下り坂部分にノッチ(notch)がみられます。

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このような特徴を有する波形は、一般的に間欠性律動性δ活動(IRDA、intermittent rhythmic delta activity)と呼ばれます。上の図では後頭部に出ているので、後頭部(occipital)が前についてOIRDAと呼ばれます。

IRDAの分布は年齢によるところが大きく、小児では後頭部(OIRDA)、成人では前頭部(FIRDA、frontal IRDA)に出やすいとされています。

臨床的意義ですが、何らかの脳機能異常を指し示すと考えられています。「何らかの」というのは曖昧な表現ですが、器質的なものから代謝性のものまで、色々な原因があるとされているからです。FIRDA、OIRDAについては、脳病変があったとしても、その分布とは無関係とされています。

ちなみに、小児欠神てんかんでOIRDAが時折みられることがよく知られています。

側頭部にみられるIRDA(TIRDA、temporal IRDA)はちょっと意味合いが違います。TIRDAは側頭葉てんかんに関連しているとされ、てんかん原性を示唆すると考えられています。

IRDAは、脳機能の異常を示してイルダ!

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