最近、右の本を読む機会がありましたので、感想を書きます。
Handbook of ICU EEG monitoring、つまり、ICUにおける脳波モニタリングのハンドブックです。厚さ1.5cm弱といったところでしょうか。
この本には、北米式のICU持続脳波モニタリングの全てが書いてあります。そういった意味では、素晴らしい本です。トロント時代の記憶がよみがえりました。あちらにいた4年強のうち、3年はこの仕事をしましたから。
脳波モニタリングがどういった状況で、どういった目的で行われるのか。適応となる病態への治療をどうするか。そして、ICU持続脳波モニタリングを行う体制をどうやって整えるかが書いてあります。
日本の先生がこの本を購入するに当たっては、注意しておくべきことが色々あります。
まず、右の表紙の写真を見てもらえばわかるように、通常の脳波が出ています。北米での持続脳波モニタリングは、通常の脳波で行います。頭に10-20個の電極を貼り付けて記録わけです。表紙の左下にトレンド表示が出ています。これは、Persyst社のInsight IIというソフトの機能を用いたもので、かなり高性能です。トロントでは、通常脳波の生波形とトレンド表示を併用していました。
日本のICUで多く使われているのは、おそらくaEEG(amplitude-integrated EEG)やCDSA(compressed density spectral array)といったトレンド表示です。頭に貼り付ける電極数も2-8個あたりでしょう。これでおおよその状況は分かります。ただ、脳波の生波形と比べると、発作の認識率は落ち、約8割程度です。この本には、aEEGやCDSAの読み方はあまり書いてありません(簡単に触れてある程度)。
また、北米と日本とで、脳波記録の実施体制に天と地ほどの違いがあります。
北米では、脳波記録を始めるのは脳波技師です。北米の中核病院には、脳波技師のオンコール体制がありますので、いつでも脳波技師が電極を貼ってくれます。医師が自ら電極を貼ることは決してありません。分業体制がしっかりしており、他の者の仕事をとってはならないのです。モニタリング途中でトラブルが発生した場合、オンコールの脳波技師が対応します。
脳波計にはビデオカメラが付いています。ビデオが必要なのは、発作らしき症状があることを想定して症状を録画できるようにするためです。また、吸痰やタッピングなどの処置によるノイズ(アーチファクトという)を鑑別するためにビデオが役立ちます。
脳波を読むのは脳波専門医です。ICUの医師は脳波を読みません。発作かな?とか、今脳波はどういう状態なのかな?と思った場合、ICUの医師が行うのは、脳波専門医のオンコールを呼び出すことです。このオンコール業務を私はトロントでしていたわけですが、何時だろうが呼び出されます。呼び出されたらどうするか? 自分のコンピュータの前に座って、ICUの脳波計に接続し、ネット越しに脳波を読みます。そして、脳波所見を電話で報告します。院内にいればイントラネット、院外にいればインターネットを使って読めます。ICUに出向いてベッドサイドで読む必要は全くありません。
治療方針を決めるのはICU医師と神経科医師です。脳波専門医が必ずしも治療方針を決める立場かどうかは分かりません。ここにも分業があるのです(ちょっと能率悪いですが)。
これだけのことをするには、多くの医療資源が必要になります。モニタリング用のビデオ脳波計、オンコール体制が組めるだけの人数の脳波技師、オンコール体制が組めるだけの脳波専門医、院内および院外から脳波を判読できるネットワークシステム、その他もろもろです。
北米のセンター病院には、これだけの医療資源がそろっていますし、そうでなければセンターとは名乗れないという意識があるのだと思います。訴訟対策もあるでしょう。
日本の「救急救命センター」で、このような体制が整っている病院はそうそうないと思います(もしかしたら皆無かも?)。これだけのシステムを作るとなると、医療資源の集約化がどうしても必要です。
というわけで、現場の医師でも貼り付けが簡単で、情報が視覚的にそこそこ得やすいaEEGやCDSAが日本ではより普及していると思います。フルの脳波をとって、専門医が定期的に判読(発作頻発時などは10-15分おきに判読)なんて体制は、今の日本の体制では正直無理です。日本の先生は優秀なので、ICU医師がある程度脳波を読んでくれたりもしますから、なんとかできてしまうといった事情もあるでしょう。
というわけで、今回紹介した本は、北米での持続脳波モニタリングがいかに行われているかを理解するには最適です。しかし、日本の救急の現場で即活用となるとちょっと難しい。注意すべき病態、治療、脳波用語などについては勉強になると思います。日本のICUでの脳波を今後どうしていくか考えていくのに、この本はとてもよい材料になると思います。
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