« 2022年9月 | トップページ | 2022年12月 »

2022/11/30

ある日の診療事例1、続き2

呆然とする6歳女児のお話です。情報の例をいくつか書きます。

 

例1

突然それまで行っていた動作が止まり、宙を見つめた状態で呼びかけに反応しなくなる。視線は正面かやや上方。眼瞼が1秒に3回程度の頻度でヒクヒク動く。顔色の変化はなし。姿勢の変化はないことが多いが、時に体幹がわずかに前に傾くことがある。しかし、転倒することはない。四肢の目立った動きはない。この状態が5-10秒続いた後、急に我に返ったように元通りに回復する。その後に眠ることはない。この出来事の起こる前に特に違和感などは感じず、この間に起こったこと(呼びかけなど)は覚えていない。

この現象は、覚醒時、どのような時間帯でも起こる。睡眠時に観察されたことはない。当初は1日5回程度であったが、最近は20回程度はある。

 

例2

お腹の辺りを気持ち悪そうにする。その10-20秒くらい後に動作が止まり、正面を見つめ、呼びかけに反応しなくなる。しだいに口唇のチアノーゼが出現するが、呼吸の変化はない。その後1-2分にわたり、口をペチャペチャさせたり、左上肢をゆっくりもぞもぞさせる動きがみられる。右手にやや力が入っている。最初から3分ほど経過すると、呼びかけに対して「ん、ん」と反応するようになるが、しっかり応答して会話ができるのは5分ほど経過した後である。これまでには顔色は回復している。その後、しんどうそうにして30-60分ほど眠ることもある。

この現象は、覚醒時に気づかれることが多いが、睡眠中に開眼して同様の症状をきたしたこともある。終了後はそのまま眠っている。頻度は2-3日に1回程度。

 

例3

目の前、右の方に色のついたものが見えると訴える。その10秒くらい後に開眼状態で動作が止まり、両眼球の水平方向の揺れがみられる。四肢の異常な動きはない。呼びかけには反応せず、顔色の変化はなし。このまま1-2分で終了することもあるが、開始後1分ほど後より頭が右に回旋、両眼球が右に寄り、さらに右半身優位の間代けいれんに進展することがある。この場合は全体で3-4分続く。けいれんに至った場合、終了後に右上下肢の動きが悪くなる。1時間ほど眠り、目を覚ました時には右上下肢の動きは元通り。

覚醒時にも睡眠時にも起こる。睡眠時の場合は、けいれんに至った段階で気づかれるため、最初の様子は分からない。けいれんに至るものは月に1-2回程度、そうでないものは週に1-2回ある。

 

例4

学校での授業中に起こる。座席で正面を見つめたまま、動作が止まっていることが多い。姿勢がくずれることはなく、四肢や顔面の異常な動きもない。顔色や呼吸はふだんどおり。教師が何回か呼びかけると反応し、元通りになる。開始直後から気づかれていることは少ないため、持続時間の詳細は不明だが、1-2分以内と思われる。何らかの作業を続ける課題中に起こることはなく、教師が話しているのを聞いている時が多い。家庭では全く気づかれていない。

 

どんな診断が思い浮かぶでしょうか? 実際に受診された方は、例1(に近い方)でした。

以下、次回へ続く。

|

2022/11/29

ある日の診療事例1、続き

呆然とする6歳女児のお話の続きです。

どんな情報が欲しいでしょうか?

まずは、呆然とする症状自体について尋ねたいところです。

 

動作が止まるのか?

顔の表情はどうか? 顔色はどうか? お口モグモグや片方に引っ張られたりの動きがないか?

目の様子はどうか? 片方や上に寄らないか? 瞬きは? 眼球が揺れないか?

姿勢はどうか? 頭や体幹が片方に回ったりしないか? 体幹が前や後ろ、他の方向に傾いたりしないか?

四肢の様子はどうか? 上肢が屈曲、伸展、挙上したりはしないか? 下肢の伸展、屈曲はどうか? 転倒しないか? 四肢のぴくつきはないか? もしあるなら、そのぴくつきは規則的か、不規則か?

上記の症状の現れる順番はどうか? これがどの程度の時間続くのか?

呼びかけに速やかに反応するか? 質問に答えられるか?

(終わった後で)、症状の途中に起こったことを覚えているか?

 

症状の始まり、終わりについての情報も必要です。

 

何をしている時に起こるのか? 覚醒時のみか? 睡眠中にも起こるのか?

始まる前に何らかの違和感を感じていないか? 例えば、お腹のムカムカ、耳鳴りなど

呆然とする症状の立ち上がりの速さは? 急に起こるのか? 徐々に起こるのか?

終わる際の回復の速さは? 突然終わるのか? 徐々に終わるのか?

終わった後、すぐに会話ができるか? もうろうとしてはいないか? (眠い状況ではなかったのに)終了後に眠りはしないか?

 

その他、思いつく他の情報としては、例えば以下があります。

 

好発時間帯があるか? 食事との関係はどうか?

特定の誘因(起こりやすい状況)があるか? 学校の授業中だと、起こりやすい科目があるか?

症状の起こる頻度はどうか? 増えてきているか?

 

他にもあるかも知れませんが、ざっとこれくらいの情報は欲しいです。

え、覚えていられないって?

私もそんなに覚えていませんよ(多少定型化した質問もしますが)。

ただ、患者さんが呆然としている情景を想像し、患者さんの様子や所作をイメージして、これをなるべく詳しく言語化していくのです。

この情景はスナップショットではなく、動画です。てんかん発作にせよ、他の現象であるにせよ、時間経過で症状が変化しうる動的な現象なわけです。その現象の動画を見ることができなくても、頭に浮かぶくらいの情報を集めることが必要です。

 

ここまでの病歴聴取で、診断の8割以上は確定です。

脳波検査? そんなに重要ではないですよ(無用とはいいませんが)。病歴聴取で考えた診断を念のため確認するためだけの検査ですから。

逆に言えば、診断の確認に脳波が必要ないと考えた場合、脳波検査は不要です。

 

次回へ続く。

|

2022/11/25

ある日の診療事例1

診療で経験した事例を、差しさわりのない範囲(個人情報なし、事実を多少改変)で時々書いてみようかなと思います。

若手の先生方の参考になればと思います。

 

6歳女児

主訴:ぼーっとする

家族歴:4歳の弟が、1歳の時に熱性けいれん1回

既往歴:周生期、発達に問題なし

現病歴:2-3週間頃より、日中に動作が止まって呆然とすることに気づかれた。学校でも家庭でも起こる。

 

紹介状に書いてあるとすれば、このくらいの内容でしょうかね。

この段階でも鑑別診断はいくつか浮かぶでしょうが、情報が全然足りません。

どういった聞き取りをするべきでしょうか? 以下、次回に続く。

|

2022/11/17

フェンフルアミン販売開始

以前の記事に書いたドラベ症候群に対する抗てんかん薬のフェンフルアミンですが、昨日販売開始になったそうです。

これで、お薬自体が市場に出回るようになります。

私の職場でも、処方ができるように事務手続き(採用申請)を行っていく予定です。

このお薬は、循環器を専門とする医師との連携が必要です。

具体的には、開始前、以降は半年ごとに心臓超音波検査(と循環器医師の診察)が必要です。

なので、このお薬を使う予定の方は、これから小児循環器科や循環器内科を受診していただくことになりそうです。

 

しかしまぁ、最近は特定の疾患を狙ったお薬が多いなと感じます。広く「てんかん」に適応を有するお薬が増えないものか。

|

2022/11/08

秋の味覚の危険な罠

食欲の秋です。自分もだいぶヤバイです!

昨日、NHK総合のお昼の放送で、秋の味覚の銀杏が紹介されていました。

おいしそうなレシピの紹介が。

銀杏シューマイ(上に銀杏が載っている、中の餡にも入っている)

銀杏パスタ(上に銀杏が8-10個程度載っている)

「銀杏大好き」お母さんと、パスタをおいしそうに食べるほのぼのとした光景。

番組の出演者も「おいしそう」「ナッツ代わりに」などといったご発言(一部うろ覚え)。

そして、銀杏の高い栄養価をフリップ付きでアピール。

銀杏かぁ、秋だものなぁ、食べてみよーなんて気持ちにさせてくれる番組です。

 

この番組をずっとハラハラしながら観てました(昼食中だったので、サボリではありません)。

いつ、銀杏中毒について警告すんの!?

高い栄養価のアピールの後、女性キャスター(?)が笑顔で、「銀杏はたくさん食べないように、こどもは気を付けて(といった内容)」と口頭のみでサラッと説明して終わり。

とても怖い気持ちになりました。銀杏のPRだからとは言え、中毒の危なさ、怖さが全く伝わらないじゃん... あまりにも大雑把で絶句。

銀杏中毒では、嘔吐、下痢、呼吸困難、けいれんなどを起こし、最悪死亡します。

東京都保健福祉局のページ

医学商業雑誌のページ(著者は、岡山大学病院救命救急科教授)

中毒量には個人差がありますが、上記の情報によれば、こどもでは7個以上で中毒例の報告があります。死亡例については15個以上で報告があるそうです。

つまり、番組で紹介されたレシピをこどもが一人でたいらげると、運が悪ければ中毒を起こすということです。

銀杏毒は過熱しても失活しません。どんなに調理しようと、数を食べ、運が悪ければアウトなのです。

 

他にも気になるものが売られています。

銀杏スナック(揚げ銀杏)です。ネットでの評判は上々。

たぶん、とってもうまいわ... 私は手を出したことはありませんが、20個くらいは余裕で入っていそうです。

小さなこどもが一袋くらい食べてしまう、ということは十分あり得ます。

保護者の監督不行き届き、ということになるのでしょうね。もし何かあれば。

 

昔から、銀杏は年の数までと言われます。昔の人々の叡智は無視できません。ボリボリ食べるようなものではありません。

 

専門的なことを書きますと、銀杏毒はメチルピリドキシンというビタミンB6類似物です。そのため、ビタミンB6の体内での働きを妨害します。ビタミンB6は、抑制性神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)を作るのに必須なビタミンです。なので、ビタミンB6が働かなくなるとGABAが少なくなり、脳の過剰な興奮を抑えられずにけいれんをきたす場合があります。銀杏中毒の治療には、ビタミンB6製剤が使われます。

ビタミンB6にかかわる研究をしているものだから、銀杏中毒については、どうしても気になってしまいます。

PRはもちろんよいのだけど、命にかかわる情報は、視聴者にきっちり伝わるように具体的・明示的(これこそフリップや字幕で出すべき)に提示していただきたいものです(NHKに意見投稿しました)。

|

« 2022年9月 | トップページ | 2022年12月 »