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2010/03/31

難治てんかんへのケトン食療法 (Ketogenic diet for intractable epilepsy)

昨日に続き、ケトン食療法についてもう少し書きます。

ケトン食療法というのは、体内でのケトン体を増やすことにより、てんかん発作を治療する方法です。ケトン体が何故てんかん発作に有効なのかはよく分かっていません。飢餓状態(ケトン体が増える)でてんかん発作が良くなる経験が元になり、人為的に飢餓状態に似た状態を作り出すケトン食糧法が考案されました。

ケトン体は、脂肪が体内で燃焼することにより作られます。なので、食事中の炭水化物を増やし脂肪を増やせば、脂肪が体内で燃やされてケトン体が作られます。これがケトン食療法の理屈です。

なぜケトン食なのかということですが、てんかん患者さんに適切と思われる抗てんかん薬を2剤試して効かない場合、3剤目が効く可能性は数パーセント以下だからです。もちろん3剤以降も試しますが、同時に他の治療法も考えなければなりません。これらには手術(焦点切除、脳梁離断、迷走神経刺激)ケトン食療法が含まれます。難治てんかんには、3剤目以降の抗てんかん薬よりもケトン食の方が効きます。

ただ、ケトン食が手放しで良いわけではありません。食事としてはかなり不自然な食事であり、副作用は当然あります。薬の副作用を目の敵のようにする方もおられますが、ケトン食の副作用も無視はできません。適切な用量の薬剤療法の方がケトン食よりは副作用が少ないと僕は思っていますし、ケトン食の調理に費やす家族の負担、他の人と違った食事をとらなければならない患者さん本人の負担もよく考える必要があります。また、栄養面でかなり偏っているので、ビタミン類等のサプリメントが必須になります。当然ながら栄養士や医師達による専門的な管理が必要です。つまり、何にでも一長一短があるわけです。

ケトン食は、古典的ケトン食MCTケトン食の2種類があります。修正アトキンス食等も使われますが、これらは厳密にはケトン食ではありません。古典的ケトン食では通常の油脂を使用し、MCTケトン食ではMCT(中鎖脂肪酸)オイルと呼ばれる特別な油を使います。MCTオイルは通常の油脂(長鎖脂肪酸)よりもケトン産生能が高く、MCTケトン食の方がメニューに柔軟性があります。

以下、簡単にこれらのケトン食について書きますが、日本で行われている計算法とは違っているので注意してください。といいますか、世界的に見れば下記の計算法が標準です。なので、最近の海外の論文を読んだり、日本でのケトン食療法の結果を英語で発表したりする場合、そういった違いをよく認識しておく必要があります。

古典的ケトン食

ケトン比(ketone ratio)と呼ばれる比を使って栄養の計算を行います。ケトン比は、脂肪の重量:炭水化物およびたんぱく質の合計重量で表されます。日本でのケトン指数とは別物なので注意してください。一般に使われるのは4:1の食事ですが、カロリー換算にしますと、(4×9):(1×4) = 36:4 = 9:1、つまり脂肪由来のカロリーが90%の食事になります。残りは炭水化物とたんぱく質ですが、成長に必要なたんぱく質の量が必要ですから、それを差し引いた残りが炭水化物になります。けっこう厳しい数値になります。フォーミュラとしてKetocalが販売されており(日本にはない)、経管栄養の患者さんでは使いやすいです。情報はインターネット上にもかなり蓄積されているようですが、ほとんどが英語です。

MCTケトン食

MCTオイル由来のカロリーの割合(%)で論じられることが多いです(日本ではMCTケトン食でもケトン指数を使っています)。施設により異なりますが、SickKidsでのMCTケトン食では、1日総カロリーの19%が炭水化物、10%がたんぱく質、残りの71%が脂質になっています。通常は50% MCTケトン食で始めますが、50%がMCTオイル由来のカロリー、残りの21%がその他の脂質というわけです。患者さんの状態によっては、40%に下げたり、70%を超える量まで上げることもあります。脂質量を古典的ケトン食より減らせるのでメニューに幅を持たせることができます。年長児や好みのうるさい子供にはこちらの方がよいです。MCTケトン食では下痢の副作用が多いので(古典的ケトン食では便秘傾向になる)、下痢が起こった場合にはMCTオイルを減らす必要があります。なお、バルプロ酸との併用は禁忌になっています。

ケトン食の開始

外来でゆっくり始める方法と入院で始める方法があります。施設によって異なるようです。日本では入院で始めるのがほとんどだと思います。

導入前に抗てんかん薬のチェックを行います。というのは、シロップ剤は全て錠剤に変更する必要があるからです。理由は、シロップ剤には糖分が多く、ケトーシス(ケトン体が多い状態)を得るのに障害になるからです。日本だと粉薬も多いですが、かさを増すために使われる乳糖や粉薬そのものに含まれる糖分に注意が必要です。血液検査を行って栄養状態を把握したり、脂肪酸代謝異常等のケトン食が禁忌となる代謝疾患の除外を行います。また、嚥下のチェックも行います。ケトン食は高脂肪のため、誤嚥すると肺炎を起こしやすいからです。

導入にも色々あり、低いケトン比から徐々に増やす方法、目標のケトン比の食事を1/3だけまず与え、問題なければ2/3、全部というように増やす方法もあります。SickKidsでは後者を使っています。日本では時間をかけて導入すると思いますが、こちらでは5日で導入を終了します。つまり退院です。あとは、栄養士が電話でフォローします。

導入期間が短いのには入院費用やベッドの問題もあるのだと思います。最初の1-2日は特にタフな日で、低血糖になったり、オーバーケトーシス(ケトン体が多過ぎる状態)で嘔吐したり等、僕も苦労しました(オンコールで呼ばれますし、栄養士さんとの毎日の会話は副作用のことばかり)。

低血糖とケトーシスはジュースかブドウ糖で治療します。嘔吐は制吐剤で直ちに治療します。というのは、嘔吐はケトーシスで起こるのですが、吐き続けると経口摂取できずに脱水が進み、ケトーシスがますますひどくなってしまうからです。制吐剤が効かない場合、生理的食塩水の点滴で水分補給を行います。ブドウ糖入りの点滴は、ケトンを消し去ってしまうのでダメです。ブドウ糖は少量を間欠的に使うのみです。

副作用はだいたい数日で落ち着き、あとは栄養士さんが保護者への教育を重点的に行います。栄養士のLさんはケトン食療法専任の栄養士なので、こういうことができます。これも入院期間短縮に大きく貢献しています。退院後は、彼女が頻繁に電話でフォローし、保護者への指示と食事内容の変更の指示を行います。医師であるD先生は外来で全体的な管理を行いますが、実際の食事の調節は全てLさんが主に電話で行っています。

栄養士の役割

上に書いたとおり、ケトン食療法において栄養士の役割は非常に重要です。といいますか、栄養士の協力なしにケトン食療法を行うのは無理です。そして、かなりの時間を割いてもらう必要があります。Lさんは、毎日頻繁に患者さんからの問い合わせの電話を受け、対処法を考え、必要に応じて食事変更の計算を行い、患者さんに食事変更の指示をし、問題点を他のスタッフと協議しています。患者さんが救急でどこかにかかれば問い合わせの電話がかかってきますし、入院患者で緊急にケトン食を始めたいという依頼もあります。これらを全て引き受けています。彼女はケトン食だけを仕事にしていますが、非常に多忙です。

日本でケトン食を普及させようとする場合、栄養士との協力体制をどのように作っていくかが鍵になると思います。大きな病院の栄養士は他の疾患の方のケアもされており、SickKidsのLさんのように専任というわけには簡単にはいかないと思います。そこからどれだけケトン食に時間を割いていただくことができるかが問題です。ケトン食療法に関する実際的な問題点への質問(食材の選択、栄養分の計算、メニュー構成、嗜好に対する対処法等)に答えるのは、医師には無理です。その道のプロである栄養士の力がどうしても必要です。

てんかん患者さんは100人に1人弱おられます。そのうちの10人中3人は難治てんかんですから、ケトン食療法の候補になり得る患者さんは非常に多いわけです。このような患者さんに対して、少しでも多くの治療選択肢が用意されることを望んでいます。

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コメント

こんにちは。はじめてメールさせていただきます。
今、大学院の申請中でいろいろ参考にさせていただいてます。
ひとつ質問があるのですが、今後 Graduate Coordinatorとの電話でのインタビューがあるのですが、どんなことを聞かれるのか、もし申請時のご経験を覚えていましたら教えていただけないでしょうか。突然のメールで大変失礼かと思いますが何卒よろしくお願い申し上げます。
いつも楽しくブログ読ませていただいております

投稿: ぴろぴろ | 2010/04/01 07:51

ぴろぴろさん、こんにちは。

これは、カナダの大学院の申請ですか? 残念ながら僕は大学院生ではありませんので、このインタビューは受けていません。あくまで、医師としてのインタビューを受けただけです。

答えになっていなくてすみません。

投稿: あきちゃん | 2010/04/01 11:48

はじめまして、月明かりで勉強中の月あかりです。

あきちゃんは、先生なんですよね?そんな風には感じられません。

1000人に3人弱の割合で、難治のてんかんがあるとのことですが、そうであれば、先生は、SickkidsのLさんのように栄養士のプロもどきに、栄養の勉強もしていらっしゃるのですか?

投稿: 月あかり | 2010/04/25 12:33

月あかりさん、こんにちは。

ええ、あんまり医師らしくないかも知れませんね。食べ物のことばかりブログに書いてますし。

ケトン食に関して、カロリー計算や、炭水化物、脂質、蛋白の配分に関しては勉強しています。しかし、栄養士さんはもっともっと深いことをされています。計算結果から実際のメニューの組み立て方までの指導、患者さんの食の嗜好、調理方法の工夫、ビタミン・ミネラル・微量元素のチェックと補充、成長・骨のケア、下痢や便秘への対応、嘔吐への対応等です

こういうプロの仕事に比べると、僕の勉強した内容はかじっただけというのが本当で、ここから実際にケトン食を組み立てるにはもっと勉強が必要ですし、プロの栄養士の力が必要です。

僕は医師なので、上記のような栄養士の仕事よりも、発作への対応、嘔吐・脱水・低血糖、高ケトン血症のような合併症に対しての対症療法を行うのが主な仕事になります。

投稿: あきちゃん | 2010/04/25 23:48

こんにちは。はじめまして。
患者としての立場からお聞きしたいです。
12歳の娘がてんかんでケトン食療法をしています。
てんかん治療としてのケトン食では、カロリー制限は必須なのでしょうか?
最近よく話題にされている糖質制限やMEC食ではカロリー制限無しでも
ケトン体の値が4000や5000というのをよく聞きます。
ケトン体を出すことが目的ならばカロリー制限は必要ないのでは?と思うのですが。
カロリー制限がなければ治療ももう少しやり易いのに、と感じています。

投稿: 市村 | 2016/03/19 16:45

市村さん

カロリー制限は必須ではないと思います。

ただし、ケトン食では炭水化物、脂肪、蛋白質の1日摂取量をきっちり計算して決めますから、1日のカロリー量は必然的に決まります。

他の食事のように、ある部分だけ決めればあとは自由であるとか、日によって1日のカロリー量が異なるとかは通常ありません。

この1日のカロリー量をどう決めるかですが、基本的には成長に必要な蛋白やカロリーはとるという考えでよかったと思います。

標準体重を大きく超えている方の場合は、多少制限する場合はあるかと思います。やせている方の場合、制限する理由は私の意見としては見当たりません。

この辺りは、主治医や栄養士さんにもよるかと思います。本人さんの状態をみながら、設定の見直しは適宜行うべきです。

なお、ケトン体が充分産生されれば、空腹感を感じにくくなりますので、食欲は落ちてくることが多いです。

投稿: あきちゃん | 2016/03/19 22:25

日本で神経内科系の博士課程を卒業した医師です。てんかんは今日本でもかなり注目されています。ご老人の高速道路逆そうも、認知症だけでなくてんかんがあるのでは、と、ささやかれて、身近になってきました。ましてや、経管栄養のセンエンセイ意識障害なら。てんかん発作とともに発語減少してしまった成人患者さんに、もし、試みられないか、と、検索してうかがいました。倫理委員会とか通さないとですけど。
ゆっくり考えます。

投稿: しま | 2016/09/03 19:27

しまさん

ケトン食療法は、今年度からは健康保険でみとめられた治療(てんかん食)です。したがって、倫理委員会を通す必要はありません。

投稿: あきちゃん | 2016/09/03 19:50

はじめまして
6歳の娘がケトン食治療をしており、質問がありコメントさせて頂きました。
mctケトンとバルプロ酸は禁忌、と書かれていましたが、理由を教えていただけないでしょうか。
娘は3:1の古典的ケトン食をしており、効果ありの評価なのですが、ケトン食を進めるにつれてバルプロ酸の血中濃度がさがり、発作が憎悪してしまいました。薬の増量をしてもすぐさがります。バルプロ酸は特に油で流れやすいと聞きましたが、オイルが多いとバルプロ酸の血中濃度が下がるため禁忌、ということですか?
もしくは、カルニチン欠乏関係で禁忌ということでしょうか。
お忙しいところ、過去の投稿へのコメントで申し訳ございませんが、教えていただけると幸いです。

投稿: 鈴木 | 2023/04/25 17:08

鈴木さん

留学当時(2007-2011年)、私はトロント小児病院で「禁忌」として教わりました。

トロント小児病院でお世話になった、専門栄養士のLさんご自身が執筆された論文が国際雑誌に出版されています。その中に、「we do not start patients on the MCTD who take valproate, due to reports of liver failure when MCTD and valproate are combined」と書いてあります。「バルプロ酸内服中の方にMCTケトン食は始めない、両者を組み合わせた際に肝不全を起こした報告があるから」という意味です。

ですが、最近は、気を付ければ、併用してもよいのではないかと考えています。つまり、禁忌→要注意、です。

バルプロ酸を併用しても肝障害が必ずしも増えないという論文もあるようです。また、ケトンフォーミュラを使っていれば、MCTオイルは必然的に使われています。そのような方でも、もともとバルプロ酸を飲んでいた場合、敢えて中止はしていません。

というわけで、今の私の立ち位置は「要注意」というところです。もちろん、主治医の先生とよく相談してくださいね。

投稿: あきちゃん | 2023/04/25 17:50

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