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2009/04/02

デジタル脳波計 (Digital EEG machine)

先日の記事に、脳波技師さんからのコメントをいただきましたこともあり、SickKidsで使われている脳波計について書いてみたいと思います。ちょっと専門的な話題になります。

SickKidsでは、カナダのStellate社の脳波計を使っています。米国の企業に買収されたといううわさを聞きましたが...

さて、この脳波計、すべてペーパーレスデジタル脳波計です。おまけに、すべてビデオ付きですので、外来患者での通常の脳波でもすべてビデオが同時記録されます。なので、SickKidsで行われるすべての脳波はビデオ脳波です。これは、めちゃくちゃ便利です。

昔のペーパー式のアナログ脳波計は、脳波計に入ってきた脳波の信号(正確には、それを加工したもの)を直接ペンの振れに変換し、紙に記録していました。しかし、ペーパーレスデジタル脳波計は、全く違ったことをしています。脳波計に入ってきた脳波信号は、アナログ信号からデジタル信号に変換され(A/D変換)、数値データとしてコンピュータのハードディスクに記録されます。ちょうど、音楽が数値データとして音楽CDに記録されているようにです。脳波の波形自体は、コンピュータで加工された後に、液晶モニタに表示されます。なので、紙は不要です。

このペーパーレスデジタル脳波計、従来の脳波計よりも遥かに多くの利点があります。

1. 記録された波形を後で加工して表示できる
  紙に書き出された脳波で、怪しい波形を見つけたとします。しかし、これをどんなに眺めても、それ以上の情報は得られません。デジタル脳波計なら、モンタージュ(描画に使うための電極の組み合わせ)を変更したり、横や縦に伸縮させたり、フィルタ(遅い波や早い波を弱めて、興味のある範囲の周波数の波だけを表示させる機能)を使ったりして、多面的に検討できます。SickKidsでの脳波の判読では、この臨機応変に設定変更をしながら脳波を読むということが当たり前になっています。

2. ネットワーク化が可能
  病院のサーバーコンピュータにデータをおけば、システムの構築次第で、院内コンピュータのどこからでも脳波を読めるようにできます。カンファレンスでも、ノートパソコン、液晶プロジェクタ、ネットワークケーブルがあれば、ビデオ脳波を即プレゼンできます。現時点で記録中の脳波もビデオを含めてライブ中継で見ることもできます。SickKidsでは、院内のみならず、外部からでもインターネット越しに脳波を読めます。日本に休暇で一時帰国していても可能です。なので、「夜の脳波判読は全部カバーするから(カナダと日本は昼夜が逆)、日本在住だけどSickKidsで雇って~!」なんてことができないのかな? いいアイデアだと思うんですが。

3. ビデオ脳波が簡単に実現できる
  脳波もビデオもデジタル化できますから、一緒にデータを保存できます。アナログ時代のビデオテープのような画質の劣化に悩まずに済みます。これは、てんかん外科には必須です。

4. 資源節約になる
  少なくとも、記録に使う紙が不要になりますので、森林伐採を減らすことができます。紙を買うコスト、処分するコストも節約できます。将来を考えれば、紙を使わない方向に進むのは必然だと思います。

5. 表示チャンネル数を増やせる、色をつけられる
  ペンの本数に制約されませんので、100チャンネル以上の記録も同時に表示できます。これは、特に、てんかん外科では必須です。また、電極のグループ毎に色をつければ、非常に分かりやすいです。いちいち、何チャンネル目と数える手間が減らせます。SickKidsでは、通常の脳波でも右半球は赤、左半球は青というように色をつけて表示しています。

6. 波形の全貌を把握しやすい
  ペンでは、振り切れや隣のペンとの干渉という問題があります。また、ペンは弧を描いて動きますので、それによる波形の歪みが生じます。また、紙とペンとの摩擦は低周波活動の記録に影響します(ハイパスフィルタに相当)。また、ペンの物理的な重みが高周波活動の記録に制約を与えます(ローパスフィルタに相当)。

7. 保存スペースをとらない
  紙の脳波は結構なサイズです。新品の紙を置くスペースも必要になります。デジタル脳波であれば、サーバーが必要ですが、それでも紙の脳波よりはスペースは少ないでしょう。CDやDVDにバックアップをとってもスペースは紙ほどは要りません。

 8. 他病院への紹介などの際に便利
  紙の脳波であれば、持ち運びに不便ですし、コピーをとる場合にしても手間がかかります。CDやDVDの方がずっと楽です。

9. コンピュータで脳波解析をするのに便利
  最後に書いてしまいましたが、脳波のコンピュータ分析を色々なソフトで行うわけですが、デジタルデータですので、コンピュータでの処理が容易です。僕の今の仕事や研究は、デジタル脳波なしでは考えられません。

もちろん、良い点ばかりではありません。以下のような問題もあります。ただし、克服できないわけではありません。

1. 液晶モニタは紙よりも目に悪い
  これは、残念ながらそのとおりです。しかし、分厚い紙の脳波は、ページをめくる手に負担をかけます。ペーパーレスであれば、早送り設定にすれば、何をせずとも勝手にページが切り替わりますし、止めたい場合は、キーボードを押せば簡単にとめられます。しかし、モニタを見つめる目が疲れるのはまぎれもない事実です。

2. 液晶モニタの解像度には限界があり、持続の短い波形や低振幅の波形を十分に描画できない
  このような波形を見落とす可能性はあります。しかし、これで臨床判断に大きな影響を与える場合はほとんどありません。SickKidsでは、いやカナダでは、脳波とはタイムスケールや感度、モンタージュ、フィルタ設定を刻々変更しながら読むものという考え方ですので、これらを変えながら読む習慣をつければ、見落としの可能性を減らすことはできます。怪しい波形を見つけたら、見やすいように設定を変えればよいのです。モニタの解像度も上がってきていますので、このあたりはだいぶ改善されてきていると思います。

3. 脳波を表示するソフトの使い勝手の問題
  ソフトの使い勝手が悪いと、致命的です。こればかりは、各会社に努力していただくしかありませんし、どんどん改善を要望すれば良いと思います。なかなか満足するソフトには出会えません。よく使う操作は、すべてキーボードのみで行えるようなソフトが良いです。特に、感度の調整がキーボードでできないソフトは、極めて使い心地が悪いです。脳波は感度などの設定を変えながら読む、ということを考慮してソフトを作成してもらいたいものです。個人的にはエクセルテックという会社のソフトのページめくり機能をとても気に入っています。左矢印キーと右矢印キーでページの前後移動を行い、上矢印キーと下矢印キーで感度の変更ができます。この2種類の機能は、日々の判読で非常によく使いますので、カーソルキーのような場所に一転集中していると、とても使いやすいのです。Stellateも同様のことがキーボードでできますが、離れた場所にあるキーを使いますので、ちょっと勝手が悪いです。

4. サーバーがぶっ飛んだらデータが失われる
  このリスクは当然あります。しかし、これは他の電子カルテシステムにも言えることです。データ管理、バックアップは、電子カルテや放射線画像と同様の中央サーバー管理とし、専属の技術者にきっちり管理してもらう必要があります。いい加減な管理しかできないようであれば、改善要求を出すしかありません。紙媒体は割合長持ちしますが、それでも劣化は免れませんし、湿気や火事などというリスクは付きまといます。

以上、総合的に判断して、ペーパーレス脳波システムの方が圧倒的に優れていると僕は思います。実際、現在のカナダのレジデントたちで(海外組は別)、ペーパー脳波を見たことがない人たちがほとんどです。こちらでは、ペーパー脳波は過去の遺物になっています。昨年までEpilepsy Fellowとして一緒に働いていたシンガポール出身のC先生は、「紙の脳波は波形が変」と言っていました。独特の弧を描いた波形が奇異に思えたようです。

電子カルテ化、放射線画像等のオンライン化などが進む昨今、脳波もペーパーレス化、オンライン化がもっともっと進んでくれればいいなと思っています。SickKidsのように、院内のどこからでも脳波を読むことができたり、外部からインターネットを通して脳波を読むことができたりするといった恩恵は、ペーパーレスシステムとネットワークの賜物なわけですが、仕事の効率化には、とても重要なことだと思います。おかげで、continuous EEG monitoring on callなんて新たな仕事ができてしまったりもするわけですが。

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コメント

お言葉に甘えて追加質問しようとブログを開けたら、質問したかったことの答えが詳細に書いてあり驚きました。ありがとうございます!
「専門医がいない施設で記録した脳波を、国内外の専門医に判読していただく」「カナダ在住の先生に、日本で記録した脳波をみていただいてアドバイスしていただく」ということが可能になったら嬉しいです。
細かいことで恐縮なのですが、
1)記録中に、異常波がみやすいように技師がモンタージュやリファレンスを変えることはありますか?
ビデオ付きなら、体動などのコメントの記入は不要ですか?
2)Stellate社の脳波計に、リファレンスのSDはありますか?良く使用されていますか?
3)ここでお聞きして良いかどうかわかりませんが、鎮静剤使用について慎重なのは、事故等がありえるということでしょうか?
私は、自然睡眠でもHVやPS時に、看護師がついて欲しいと思っています。

投稿: タナベ | 2009/04/02 11:39

タナベさん、お喜びいただけてうれしいです。本来は、カナダの医療現場で経験したことを書くブログですから。

それでは、ご質問にお答えします。

1) 異常波を見つけた場合、見やすくするために脳波技師がモンタージュを変えることはあります。リファレンスが活性化している場合、適切なリファレンスへの変更も行います。SickKidsでは、リファレンスはPz'、Oz、Fpzのいずれかだったと思います。耳朶は使いません。体動などのコメントは必要です。ビデオは万能ではありませんから。
2) SDは、source derivationですね? 脳波計自体にはありません。これらは、波形を表示するソフト側で計算式を設定すれば、リモンタージュで可能です。なお、僕はSDは使ったことがありません。
3) 鎮静剤使用は事故のリスクがあるからです。麻酔に準じて、胃の中も空でなければなりません。なので、経口摂取も数時間前には止めてしまいます。もし朝食を食べて来られてしまったら、検査は中止です。

また、カナダの脳波技師は全員、心肺蘇生(Basic Life Support = BLS)の資格取得が義務付けられています。

投稿: あきちゃん | 2009/04/02 12:15

 丁寧なお返事をいただいたのに、お礼が大変遅くなり、申し訳ありませんでした。事故のリスクに対する考え方の違いに・・・約4ヶ月間・・・思い悩んでいました。けれども、先生のブログは興味深い記載が多く、かかさず拝読していました。ありがとうございました。
 さて、私の職場は、ビデオ付きデジタル脳波計ですが、判読は紙記録です。必要な場合は、モンタージュやリファレンスを変えて書き出し、添付しています。先生が書いてくださっているように、SDはsource derivationのことで、アーチファクトにも見えたSpikeがSDで明瞭になったことがあり、それ以降必ずSDで確認するようにしています。
 紙記録では、技師の記録のまま判読していただくので、重い責任を感じます。

投稿: タナベ | 2009/08/14 15:45

タナベさん。お返事ありがとうございました。悩ませてしまいましたようで、申し訳ない気がします。

デジタル脳波計なのに判読は紙記録という施設は、日本では多いのではないでしょうか、たぶん。デジタルデータを記録として残していない施設もそれなりにあるかも知れません。これは、はっきり言って、宝の持ち腐れだと思います。

リモンタージュでの書き出しは自分も昔していたことがあります。画面で見れば、そんな必要は全くないので、時間の無駄だとずっと思っていました。今は、それが確信に変わっています。

これを解決するには、判読する医師が考え方を変える必要がありますし、それなりの設備投資が必要です。長期的には、こっちの方が圧倒的に良いと思うのですが。

画像検査は既にフィルムレスのところが多いですから、神経生理検査もこの方向に早く動いたほうが良いですね。

投稿: あきちゃん | 2009/08/14 22:14

 申し訳ありません。言葉が足りませんでした。貴重なコメントをありがとうございました。
 悩んでいたのは、過呼吸3分後にビルドアップし数秒間意識消失(3Hz Sp&Wは出ていません。)したケース等について、職場の専門医にありのままお伝えしたのですが、「論理的に説明できないと事実にならない。」と、とり合っていただけなかったからでした。また、技師は自身の力不足もありますので、投薬や過呼吸・光刺激を行う場合は万一のことも考えますが、そのような技師の不安を、医師には理解していただけないように感じることが続きました。
 さて、デジタル脳波計が発売された時に「(タナベが相談していたことが)すべてできるようになりましたよ。」と業者さんが知らせてくれました。まだ、使用している施設は少なかったのですが、早々に購入してもらいました。
 「わかりやすい」と言ってくださった医師には、脳波計で再生して、モンタージュやリファレンスを変えながら確認していただいたり、ビデオと波形を同時に見ながら発作かどうかの確認等をしていただくなど、重宝しています。
 先生のブログは大変勉強になります。美味しそうな写真も、楽しく見ています。お忙しい中、ありがとうございました。
 

投稿: タナベ | 2009/08/18 18:18

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