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2007/12/27

ACTH療法 (ACTH therapy)

最近は、食べ物ネタが続いてしまっているので、時には仕事の話も書きます。長文です。気合いを入れて読んでくださいね。

こちらで、つい最近、点頭てんかん(West syndrome)の患者のACTH療法に関わったのですが、今まで日本で行ってきたやり方と全然違うので驚きました。

点頭てんかんですが、これは生後3か月~1歳程度に発症するてんかんの一種で、とてもたちの悪いてんかんです。これによく効く治療として、ACTH療法というのが、広く行われています。

ACTHとは、副腎皮質刺激ホルモン、つまり副腎という、腎臓の上にある臓器を刺激してステロイドホルモンを分泌させるホルモンです。ステロイドホルモンとは、よく塗り薬などで話題になっている成分ですね。

さて、ACTH療法は強力ですが、副作用が問題になります。たとえば、体重増加、不機嫌、高血圧、易感染性などです。

一番怖いのは感染症で、下手したら命取りになります。私自身、敗血症、細菌性髄膜炎など、恐ろしい合併症を起こした方を経験したことがあります。

高血圧も恐ろしく、血圧がふだん90台のあかちゃんが、150-160まで上がったりしますから、とても恐れています。また、ACTHは、脳退縮(萎縮みたいに縮むが、可逆性なので用語を変えている)を起こし、脳の表面と頭蓋骨の間の隙間が広がります。すると、脳表面から頭蓋につながっている架橋静脈が引き伸ばされる形になります。これが直接の原因かどうかは知りませんが、硬膜下血腫を起こした方もおられます。

私が研修を受けた日本の施設の場合

私が研修を受けた施設では、ACTH療法の患者は全員入院して行います。感染症のスクリーニング、胸部X線、心電図を行い、ACTHを毎日筋肉注射します。期間は2-4週間。1回量は、日本では少量療法がメジャーで、私の施設では、0.005mg/kg/回でした。

血圧は毎日3回はチェックし、血液検査、尿検査は週2回。血圧上昇が治療開始後1-2週間で来ることが分かっていますので、血圧が90%タイルを1回でも超えた時点で降圧剤を開始し、高血圧(95%タイル以上)を超えないように調節していきます。

電解質、特にカリウムが下がってきますので、経口カリウム剤で補正します。睡眠中に徐脈傾向(赤ちゃんで心拍60-70台はちょっと...、血圧は保たれているのですが)になる方もおられますので、これにも注意しておきます。

最後に、感染症の方と接触しないように、患者さんは原則部屋からの外出は禁止(入浴以外は)で、付き添いの方は、厳重に手洗いをしてもらいます。面会も制限します。病棟は血液疾患、心臓疾患の子供が主体で感染症の患者がほとんどいなかったので、これで大丈夫でした。

2週間後にまったく効果がなければ中止、効果があれば最大4週間同量で続けます。中止の際は、同量の隔日投与を3回行い終了です。だから、最大で5週間程度かかります。

トロント小児病院の場合

ACTH療法開始時に患者は入院しますが、日帰りです。血液検査、心電図などは、入院前に外来で済ませておきます。こちらでは、心臓の異常が疑われない場合は、胸部X線は撮っていないようです。結核がほとんどないからでしょうか? 診察上、問題なければ、看護師に指示をして注射を行い、退院です。

使用量は、初期量が1.9mg/m2です。今回の患者さんは10kg弱だったのです が、初期量が0.8mgになりました。日本だと0.05mgですから、大きな違いです。製剤は(たぶん)同じはずなんですけど... こちらは、ACTH は隔日投与です。最初の4回は先ほどの量で、次に半減で10回、さらに次は半量でという感じで12週間のコースです。

2回目以降のACTH注射は、地域の看護師が患者宅を訪問して行います。そのための依頼書を書くことになっているのですが、ほとんどnurse practitionerがやってくれるみたいで、私がすることはありませんでした(私が慣れていないので、スタッフが書いてくれたのかも知れない)。患者さんは、感染症予防のために外出を控える、手洗いを励行するように指導されます。

血液検査は、当初は週1回、途中から2週間に1回になります。

開始2週間後に1回、外来で脳波とともにフォローアップします。効果があれば続行、効果がなければ終了です。

高血圧への対処には降圧剤(amlodipine)を使いますが、これは高血圧が出現してから処方するようです。発熱などの問題が生じた際には、患者のかかりつけの一般小児科医か、近隣の救急外来が一番に対応するようです。

感想

私は、こちらでの治療方法を聞いたとき、とても混乱しました。日帰りで行うとは聞いていましたが、2回目以降での合併症への対応法の質問をしたときに、「患者は、もう帰ってこない」と聞いて、ショックを受けたものです。日本での事情を話したところ、「入院していても、することがない」「入院している方が感染のリスクが高い」とのコメントをいただきました。

確かに、病院内での感染症患者との接触の危険性を考えると、家庭に患者がとどまっているほうが安全なのかも知れません。しかし、上記の種々な合併症は、重大でなければ、確かに「することはない」のですが、日々の変化を細かく把握しておいたほうが、重大な合併症の存在を予見するのには有用だと思います。「すること」は、実際にはあるのです。

たとえば、血中カリウムが2.9などに突然下がることはありません。必ず徐々に下がってきます。血圧にしても、徐々に上がってきます。ある日突然150ということは、通常はありません。そして、高血圧がくることは予め分かっているのだから、上がってから降圧するのではなく、上がらないように治療するほうが、私はより良いと思います。

合併症の説明をスタッフがしていましたが、「5%の患者は、この治療法で死ぬ」と説明していました。信じられない思いでした。私は、主治医、同僚、指導医の立場として、ACTH療法を60-80件程度(概算:1年に6-8例程度としてです)、経験しましたが、やばいと思ったのは3例で、死亡例は1例もありません。日本全体でも死亡例は稀なはずです(詳しい数字は知りません)。

この違いは、やはり観察のきめ細やかさ、異常事態が起こった際の対応の早さの違いが影響しているのではないかと思います。

カナダはすばらしい国ですが、医療のきめ細やかさでは、日本の方が上だと思います。

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コメント

ところ変われば治療法もかなり違うんですね
たしかに感染の可能性だけを考えれば、病院と自宅とどっちがいいのか、と思ったこともありました。
でも、自宅に外から持ちこむ可能性は少なくないでしょうね。特に兄弟がいる場合には。
5%は死ぬ、と説明して「それならACTHはしません」という選択をされるのも歯がゆく思いそうです。
その『5%は死ぬ』という説明の根拠はあるのですか?

投稿: Mi | 2007/12/27 22:45

5%の根拠は、よく知りません。
日本でも、最初の2-3週間程度だけ入院して、あとは外来で行っているような施設があるという噂を聞いたことはあります。
ところ変われば、やり方変わる。これを経験したくて、あちこち出歩いているというわけです。
日本には日本のよいところ、カナダにはカナダのよいところが、それぞれあるわけです。

投稿: あきちゃん | 2007/12/28 02:15

あきちゃんさん、初めまして、こんにちは&あけましておめでとうございます。オタワでナースをしている理沙(HN)と申します。U of Tで看護学を勉強中で、課題の小児のてんかんについて調べていて&Motoshiさんのサイトから、こちらのサイトを発見しました。てんかんに副腎皮質ホルモンを使用する治療法については全く無知でしたので、大変勉強になりました。また、カナダと日本の違い、とても興味深く拝見しました。
患者さんを自宅へ帰して後はコミュニティで、と言うのは感染予防の視点からだけでなく、医療費の問題が大きく関わっているのではないかと思います。患児を入院させることによるメリット(死亡率や合併症罹患率、精神状態)とこれにかかる医療費のバランスを取ろうとしているのだと思いますが、この点、カナダは日本に比べてシビアなのかなぁと感じます。すべての人が等しく医療を受けられる制度は良いと思いますが、医療のきめ細やかさに関してはあきちゃんさんの意見に賛成です。
寒くなりますが、お身体にはお気をつけて。今後もブログの更新、楽しみにしています。

投稿: 理沙 | 2008/01/03 02:21

理沙さん、はじめまして。
小児てんかんについて勉強されているのですね。とても奥深い領域で、興味深いですよ。副腎皮質ホルモンについては、ACTH(これは副腎皮質ホルモンそのものではなく、その分泌を刺激するホルモンですね)のほか、プレドニゾロンも使用されることがあります。私も勉強中の身ですので、色々ご意見ご質問などいただけましたらありがたいです。
医療費の問題は、たいへん大きいと思いますし、貴重なベッドはより重症な患者さんのためというように、カナダでは入院適応がより厳しいのではないでしょうか。
また、日本では、看護師が自宅に通って血圧などをモニターしたり薬物投与を行ったりというシステムが十分に確立されていないので、外来での管理が難しいのだと思います。在宅支援がなかなか進まないのが日本の医療問題の1つですね。

投稿: あきちゃん | 2008/01/03 04:57

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